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亀岡文殊


石仏群の奥に亀岡文殊

大聖寺(だいしょうじ)は、山形県東置賜郡高畠町亀岡にある真言宗智山派の寺。山号は松高山。本尊は大日如来。
この寺の文殊菩薩は「亀岡文殊(亀岡の文殊)」と呼ばれ、丹後の切戸文殊、大和の安倍の文殊とともに、日本三文殊のひとつ。
本堂の奥の「知恵の水」飲んできたので、頭が良くなったかなぁ?さっぱりして清々しかった。





石畳みの参道を登ると、途中にこの鐘楼堂があり、十六羅漢像も見える。



 ―梵天丸誕生伝説―
永禄8年(1565)伊達輝宗と結婚したばかりの義姫は、文武の才たかく、忠孝の誉れあるすぐれた男子の誕生を願い、米沢郊外、高畠の亀岡文殊堂の近くに住む行者・長海上人を訪れ、出羽三山の一つである湯殿山に祈願を頼んだ。
長海上人は4月2日に湯殿山に登山して祈願し、その証拠として幣束を湯殿の湯に浸して持ち帰り、義姫の寝所の屋根に安置した。

ある夜、白髪の老僧が義姫の夢枕に現れ、「姫の胎内に宿を借りたい」と頼まれる。
おどろいた義姫は「夫の許しを受けてからご返事をいたします」と丁重に答え、即答するのをためらった。
このことを輝宗に告げると輝宗はたいへん喜び「これは瑞夢である。再びこのようなことがあれば許すように」と義姫に命じた。
翌夜、再び老僧が夢枕に現れ、前夜の返事をたずねた。義姫は老僧の願いどうりに、胎内に宿を借すことを許すとつたえると、老僧は義姫に幣束を授け「胎育し給え」と言って立ち去った。
この瑞夢があってからまもなく、義姫はめでたく懐妊し、男子を産む。この子が、政宗。

伊達政宗の幼名「梵天丸」の由来は、この事から名づけられた。
修験道では幣束のことを「梵天」という。幣束を胎育することは神様を胎育することであり、産まれた政宗は神様の生まれ変わりという。さらに夢枕に立った老僧は、出羽の国に生まれ奥羽地方では聖人とあがめられた万海上人という修験者であったという。

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